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企画展終了

開催日:2018年10月15日(月)~11月25日(日)

小原一真写真展 Exposure/ Everlasting 

はじめに
2011年3月から東日本大震災の取材を開始した私は、福島第一原発で働く作業員との出会いをきっかけに原発内部に作業員として入り撮影を行いました。その写真は、「事故後、初めて原発内部の潜入に成功したフォトジャーナリストの写真」として、欧米のメディアに瞬く間に広がりました。それが初の仕事となった私は、しばらくの間、新聞や雑誌メディアを中心に、現実を切り取るという形で、原発事故を記録しました。しかし、次第に私は、現実を純粋に切り取るという方法論にすぐに限界を感じました。私が取る写真は、常に現在の、しかも物理的にアクセス可能な一点であり、その写真が未来に起こりうるかもしれない問題、つまり被曝による長期的な影響などの自分たちからは「見えないもの」に対し、何か機能し得るものではなかったからです。私は、過去によって引き起こされた現在、その先にある未来を発展的に読み解けるような写真表現を求めました。それは、時間や空間的な制限、バイアスや偏見を打ち破って、建設的な思考を想起させるための写真表現でした。
震災から4年が経過した2015年、私は、翌年に事故後30年を迎えるチェルノブイリへと向かいました。その場に立ち、チェルノブイリの現在を知り、私たちが向き合うべき、これからの未来について、そしてこれからの表現方法について考えたいと思いました。

Exposure -目に見えない障害
2015年3月に初めてキエフを訪れた私は、翌年に30歳を迎えるウクライナ人女性、マリアとの偶然の出会いを通して、他人の目には見えないチェルノブイリ原子力発電所事故から30年後の被爆の影響を知りました。母親の胎内で被曝をした彼女は、しかし、長年に渡り精神疾患として誤診され、19歳になった時に初めて慢性甲状腺炎(橋本病)という診断を受けました。その後、23歳で甲状腺を取り除いた彼女でしたが、現在も一日10錠から20錠近い錠剤を飲みながら、ホルモンバランスを整え日々の生活を送ります。その行為は彼女が生きている間、ずっと続きます。しかし、それでも健常者のようには生活を送ることが出来ません。彼女は目に見えない障害を抱え、周辺からそれを理解されない環境下で苦しんでいます。私たちが、見ているものは何か、見えないものは何か。私は偶然に得た事故で被爆した中判フィルムを近い、目に見えないチェルノブイリの影響を見るための表現を試みました。
一方、チェルノブイリを取り巻くメディア環境は、30年の中で徐々に変容を遂げていきます。チェルノブイリ事故によって生まれたミュータントを殺していくRPGゲーム「S.T.A.L.K.E.R.」が2007年に発売され、全世界的なヒットをしたことを皮切りに、2011年にはウクライナ政府が原発事故による立ち入り禁止区域を一般旅行者にも開放し、以降、チェルノブイリ原発と隣接し、現在は廃墟となったプリピャチをめぐるツアーには年間1万人が参加し、廃墟を背景にしたセルフィーはSNSを通して、全世界に拡散されています。2013年には、「Chernobly Diaries」というホラー映画もハリウッドで制作されました。マリアのように事故の障害が目に見えづらくなる一方で、分かりやすい形でチェルノブイリというものがエンターテイメントとして消費されています。

Everlasting -事故によって生まれた町、そこで営まれる日常、繰り返されていく人々の生と死。
2011年に福島第一原発作業員のポートレートプロジェクトを始めた私がチェルノブイリを訪れた1番の動機は、30年後の作業員の姿を見て見たいということでした。事故の翌年にソ連政府によって建設された新しい町、スラブチッチ市は、原発に隣接するプリピャチ市から避難してきた作業員の新しい居住地域となり、事故後に引かれた線路は、新しい町と原発をつなぎ、今でも当時使われた同じ列車が通勤に使用されています。いつ終わるかも未だに分からない作業は、ファミリービジネスのように、親の世代から子の世代、そして、孫の世代へと引き継がれていきます。私は、1組の若いカップルとの出会いを通し、彼らを2年間追い続けました。原発で働いていたかつての同僚は恋人になり、結婚し、そして、子供が生まれました。衰退するウクライナという国家、収束作業を生業として存続する町、そこで生まれる新しい命。収束とは何か。それを誰が担うのか。作業員の通勤風景、そして日常の様子を通して、人類が今後、向かい合うべく収束作業について考えます。

小原 一真(おばらかずま) 
1985年、岩手県に生まれる。日本を拠点に活動する写真家、ジャーナリスト。社会の見えざる人々に焦点を当て、独自の方法で表現する。ロンドン芸術大学大学院フォトジャーナリズム/ ドキュメンタリーフォトグラフィーコースにて修士号を取得。 2011年の東日本大震災直後に勤めていた金融機関を退職し、故郷、東北の撮影を始める。同年8月には福島 第一原発内部を初めて撮影したフォトジャーナリストとして、欧米の各国メディアで発表。2012年3月には、スイスのラースミュラー出版から東日本大震災と福島第一原発作業員のポートレート/インタビューをまとめた「Reset Beyond Fukushima」が出版される。
2014年には太平洋戦争下で障がいを負った日本の子どもたちの戦後を描いた「silent histories」を発表。国か らの補償を受けることなく訴訟を起こした被害者たちの痛みを伝えるための資料として、手製で作成した写真集は最高裁に資料として提出された。同写真集は45冊のみ手製で作られた後、パリフォト・アパチャーア ワードの入賞をはじめ、米タイム紙、英テレグラフなど様々な媒体でBest Book 2014に選ばれる。その後、スペインのEditorial RMから出版され、アルル国際写真フェスティバルを皮切りに、Best Photo Book 2015に選ばれている。
2015年から拠点をロンドンに移し、チェルノブイリ原子力発電所事故に焦点を当てた「Exposure」に取り組む。被爆した中判フィルムを使用して、健常者から想像しにくい不可視の障がいを表現した当プロジェクトは、世界報道写真賞「人々の部」の一位を受賞、世界45カ国で展示される。その他、Magnum Graduate Award をはじめ、国際的な賞を多数受賞し、ヨーロッパ各国のフォトフェスティバルで展示を行う。
2016年はフランスの写真フェスティバルから支援を受け、ビキニ水爆実験の被害者である日本の漁師に関するプロジェクトに取り組み、同年ブルターニュ地方で開かれたPhoto Reporterで展示を行う。
現在は、核、戦争、紛争を歴史的な観点から捉えながら、長期的なパーソナルプロジェクトに取り組む他、WIRED JAPANにて「アート・ジャーナリズム」と題した執筆活動も行う。2018年2月からは講談社クーリ エ・ジャポンにて新連載を開始予定。
写真は英the Guardian、独ZEIT, 西El Mund, 仏Le Point, 英BBC、蘭Lens Culture他、ヨーロッパを中心に様々な 雑誌、新聞、テレビで発表される。国内外でのワークショップも開催する他、講演も多数行う。


会期中のイベント

作家トーク「写真の力が揺らいだ時代の表現とは何か?」
 2018年11月25日(日)午後2時 参加自由(入館料別途)


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