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企画展終了

開催日:2014年7月26日(土)~9月6日(土)

竹田信平 ベータ崩壊

メキシコとドイツを拠点に活動するアーティスト・竹田信平は 過去8年間にわたり60人以上の南米北米に移住した広島長崎の被爆者を尋ね記録をしてきた。
長編ドキュメンタリー映画 “ヒロシマナガサキダウンロード”(2010年、73分)や、 声紋をモチーフにしたインストレーション “アルファ崩壊” シリーズでは、どのように原爆の記憶と向き合い共鳴するかを探求。
新作品群の “ベータ崩壊” シリーズでは、メキシコ・オアハカ州の織物の町で制作したインスタレーション作品を通して、記憶の紡ぎ方と時間の絡みを焦点に展開する 。

竹田 信平
1978年、大阪出身。メキシコとドイツを拠点に、アーティスト/映像作家として主に海外で活動を展開する。映像、写真、彫刻、インスタレーション、パブリックアート、ノイズ音楽等、媒体を超えて記憶と歴史の接点を探求し続ける作家。


3・11以後の世界観を開示し続けるアート

在米被爆者の証言を撮った『ヒロシマ・ナガサキ・ダウンロード』はさまざまな思いを見る者に抱かせるドキュメントである。被爆者の証言を初めて聞く者はその内容に圧倒されるだろう。何度か証言を聞いたことがある者は、このフィルムの登場人物の証言の生々しさに気づき、それはどこから来るのだろうかと自問するだろう。実際このドキュメントの衝撃はこの証言の生々しさにある。それはどうやらここに登場する方たちが初めて自らの体験を語るということからのみ来るものではないことに気づく。二つの原爆投下から60年以上に渡って積み重ねられてきた被爆の語り手たちの語りとそれを聞く日本に住む者たちが暗黙の内に築きあげてきた、記憶と語りの共同体というべきものを、彼らは共有していないことから来るのである。なかなか折り合いのつかない自らの体験をどう理解していいのか、さらにどう語っていいのか、一切の前例を欠いたところにこの映画が成立してるからだ。この二重の初めての経験に、見る私たちも戸惑いと原初の迫力を感じるのである。

このことが可能なったのは、監督の竹田信平が日本の外で、しかもアメリカでアメリカに住む被爆者を撮ろうと決意したことから始まっている。彼は証言を確かに撮った。しかしそれが一本のドキュメンタリーとして成立するには、彼はさらにアメリカの外に出なければならなかった。彼から直接聞いたところによると、彼が現在住んでいるメキシコのティファナに暮らすようになって初めてこの作品が編集できるようになったとのことであった。竹田信平は日本の外であるアメリカで被爆者と出会い、さらにアメリカの外であるメキシコで被爆体験を聞くという体験を自らまとめることができたのである。だから、このフィルムは原爆と被爆者に外のさらに外からアプローチした作品であると言える。そのことがこのフィルムを独自のものとしている。

しかし、竹田にはもう一つの顔がある。パフォーマー、あるいはアーティストとしての顔である。映画と対をなすと言っていい彼の作品『α崩壊』がそれである。テーマは映画と全く同じで被爆体験であるが、彼はここで映画とは全く逆のアプローチをとっている。被爆者の内面へ、いや正確に言えば内部へ内部へと接近するのである。それは被爆というものを何とか自分のものとして理解したという素直な方法として成立したものだろうと思う。

この作品の題名である「α崩壊」から直ちに、被爆の本質である内部被爆を今日では誰もが連想するだろう。放射性物質はたとえわずか微量なものであっても、体内にとどまった場合、その物質はα線をごく短い範囲に放出し続け、やがて周囲の細胞を破壊し、被爆した細胞はさらに周囲へと影響を及ぼし、やがては肉体そのものを破壊するに至るのである。その過程は外からは伺われず、内部で静かに進行する。竹田信平はこのプロセスに躊躇せず、いきなり迫っていく。
被爆者の体験を何とかして理解したいという思いは、さらに彼に被爆者の証言の声そのものに向かわせた。声を聞くということではまだ足りないといわんばかりに、被爆者の声紋を彼はなぞっていくのである。崩壊していく肉体の内部で彼は静かに、しかし筆記具のひっかくような音だけは残して、被爆者の声、いや声という物質をなぞっていく。それはほとんど写経の世界である。内容の理解でもあり、形への祈りでもある行為そのものを見せつけていくのだ。
彼のこのパフォーマンスとフィルムは、驚くべきことに2011年以前に行われたものである。私たちが原爆と原発は同じものであるということを観念ではなく、身にしみて具体的に理解したのは、2011年の3月11日以降であって、ようやく原爆の被爆者の証言を理解する手がかりを得ようとしている。彼は被爆者の内へ内へと降りていくことで、また外へ外へとはずれていくことで、そしてそれを同時に行うことで、最も深い理解へと辿りつこうとしていたのだ。

彼は3・11以降、防護服を着込み、パフォーマンスはさらにダイナミズムを増している。60年以上前の体験に迫ることと、我々の現在の姿を同時に探求することが、状況的に要請されてきたのだ。彼の芸術はパフォーマンスである以上、一回一回に違ったアプローチをとる。今回の彼のパフォーマンスがどのようなものであるのか分からないが、そこにアートの楽しみがある。
原爆と原発事故というとてつもない体験の本質と歴史に、ドキュメントとパフォーマンスで真っ向から肉薄していく竹田信平は、大転換の予兆に満ちた3・11以後の世界観を最も深いところで開示し続ける、希有なアーティストなのである。

池上善彦(現代思想元編集長)


会期中の催し物

映画『ヒロシマ・ナガサキダウンロード」上映+トーク
○7月26日(土) 午後2時
 竹田信平監督の長編ドキュメンタリー映画
 2009年春、アメリカ大陸西海岸。ヒロシマ・ナガサキの傷を抱え、元「敵国」で余生を過ごす被爆者たち。
 人生の岐路に差しかかった青年二人が、彼らを訪ねる旅に出た。
 旅路の果てに、二人が見つけたものは?
 核の世界を受け継ぐ世代が綴った、魂のロードムービー(73分、2010年)。
 =参加自由(当日の入館券が必要です)

南米現代美術アートの対話 “アルファ崩壊からベータ崩壊へ”
○8月1日(金) 午後6時30分 会場=TKPガーデンシティー永田町コンフェレンスルーム1B
 ※都合により、急きょ会場がメキシコ大使館から変更になりました
 アルファ崩壊のキュレーターであるメキシコ人キュレーターのマルセラ・キロズを交えてアルファ崩壊の原点と共にメキシコ、原爆、アートの関係性に迫る。
 出演:竹田信平(現代美術家)、新井卓(写真家)、岡村幸宣(丸木美術館学芸員)
 =入場無料(東京都千代田区平河町2-13-12 東京平河町ビル=東京メトロ永田町4番出口徒歩4分、半蔵門駅1番出口徒歩5分、赤坂見附駅D出口徒歩9分)

新刊案内

『アルファ崩壊:ディアナから行く記憶の爆心地』
 竹田信平著(現代書館2014年6月発売)
 “記憶”から“共鳴”へ―
 南北アメリカ大陸に住む被爆者たちの体験を聞き、その記憶の核を自ら感得し、その過程をアートとして刻み表現する。被害者たちの言葉を内面に受け止め、そして外部に反転し世界を感応させていく旅の過程を一冊の本に。



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